大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1031号 判決 1982年9月30日
控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 奥村文輔
同 金井塚修
被控訴人 日本電信電話公社
右代表者総裁 真藤恒
右訴訟代理人弁護士 澤村英雄
右指定代理人 上村卓
<ほか二名>
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円とこれに対する昭和五六年九月三日(控訴状に「一〇月六日」とあるは誤記と認める。)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決
二 被控訴人
主文と同旨の判決
第二当事者の主張
一 控訴人の請求の原因
1 控訴人は、目川探偵局の名称で肩書地において長年探偵業を営んできたものであるところ、探偵とはひそかに他人の事情や犯罪事実を探ることをいい、探偵業の有用性は広く認められているところである。
被控訴人は、公衆電気通信事業の合理的且つ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し、並びに電気通信による国民の利便を確保することによって、公共の福祉を増進することを目的として設立された公法人であり、その業務の公共性が極めて高いことはいうまでもない。
2 控訴人は、被控訴人に対し、昭和五四年四月、昭和五五年一〇月及び昭和五七年四月被控訴人各発行の、京都市、宇治市、城陽市、長岡京市、向日市、八幡市、乙訓郡、久世郡、相楽郡、綴喜郡、大阪府三島郡の職業別電話帳興信所欄に原判決別紙広告掲載の申込(以下「本件広告の申込」といい、個別的に「昭和五四年四月分の申込」「昭和五五年一〇月分の申込」「昭和五七年四月分の申込」ともいう。)をしたところ、その受付をいずれも拒絶された。
3 しかしながら、被控訴人が行なっている電話帳への電話番号の広告掲載は、電話加入者が所定の手続を履践して申込をした以上、次に述べる理由により、被控訴人は法律上これを拒否できないものでみるから、本件広告の申込に対して被控訴人がこれを拒絶したことは違法である。
(一) 被控訴人は公衆電気通信等を行なうことを業としており、公衆電気通信法は、被控訴人が公衆電気通信業務を行なうにつき差別的取扱をすることを禁止し、かつ国民の電話加入申込に対して拒否したり、電話加入者に対する不利益な取扱をすることを厳格に制限している。
(二) 公衆電気通信業務は、単に電話器を設置してそれを利用可能の状態におくことをもって足りるものではなく、電話加入者の電話番号の公示がなされ、それにより電気通信による国民の利便が確保されて始めてその実をあげうるものであるから、日本電信電話公社職制(昭和二七年一〇月二八日日本電信電話公社公示第七九号)七条の二第三号は、被控訴人の業務管理局における業務内容として「電話帳に関すること」を掲記し、もって電話帳の作成と電話加入者に対するその配布は公衆電気通信業務の主要な内容の一つであることを明示している。
(三) ところで電話帳の作成のみならず、電話帳への電話番号の広告掲載は、電話加入者ばかりではなくその利用者たる国民一般の電気通信による利便増進につながるものであるから、公衆電気通信業務の一部であるということができる。
(四) したがって電話帳への広告掲載申込にかかわる法律関係は、電話加入者と被控訴人との間の公法的私法的規律に服するものであって、契約自由の原則が支配するものではなく、前記(一)記載の趣旨から、電話加入者はその公衆電気通信役務利用権の一部として広告掲載請求権を法律上当然に有しており、被控訴人は、その内部規定等により、その請求を拒否することができないものである。
4 控訴人は、被控訴人による本件広告の申込に対する違法な拒絶により、新聞その他の広告掲載に頼らざるを得なくなり、昭和五四年四月以降昭和五六年四月までの間に二〇〇万円を下らない財産的損害を被り、さらに右のように被控訴人から不当な差別的取扱を受けたこと及び被控訴人の従業員による侮辱的な嫌がらせや脅迫を受けたことにより精神的苦痛を受け、これを慰藉するに足りる金額は一〇〇万円を下らない。
5 よって控訴人は被控訴人に対し損害賠償として計三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五六年九月三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する被控訴人の答弁と主張
(答弁)
1 請求の原因1の事実は認める。但し探偵業の有用性については不知。
2 同2の事実は認める。但し控訴人は昭和五五年一〇月分の申込をしていない。
3 同3、4の主張は争う。
(主張)
1 電話帳に掲載される広告は、公衆電気通信業務に属するものではなく、新聞、雑誌、車内、チラシ等によって行なわれる一般の広告と異なるものではないから、その法律関係には契約自由の原則が支配する。控訴人は、被控訴人が電話加入者の氏名又は称号の一つ、職業、加入電話番号、加入電話の設置場所を電話帳に掲載しなければならないこと(加人電話等利用規程、昭和四五年日本電信電話公社公示一〇二号二三九条(1))と一般の広告の問題とを混同して主張している。
2 被控訴人が本件広告の申込を拒絶した理由は、控訴人が第三者間の通話に関して、電話器の保安器にマイクロ発信機(以下「盗聴器」という。)を取り付け、第三者の通話を盗聴録音するという行為を多数回にわたって行ない、京都府警に逮捕されたが、被控訴人は、右行為が公衆電気通信法五条一項、同法一一二条一項に該当し、被控訴人の業務に関して通信の秘密を侵すという重大な犯行であることを重視したためである。
第三証拠《省略》
理由
一 控訴人が探偵業を営んでいること、被控訴人が控訴人主張の目的のもとに設立された公法人であること及び控訴人が本件広告の申込(昭和五五年一〇月分の申込を除く。以下、同じ。)をしたのに対し被控訴人がこれをいずれも拒絶したことは当事者間に争いがない(なお、控訴人は昭和五五年一〇月分の申込もしたと主張するが、このことを認めるに足りる証拠はない。)。
二 そこで、まず本件広告の申込に対する被控訴人の拒絶が違法かどうかについて判断するに、被控訴人の行なう事業は、講学上いわゆる公企業に属し、その利用の法律関係は、公共の福祉を理由として法令により特別の定めがなされているときは、その限りにおいて公法上の管理関係としての定めに服するが、このような特別の定めがないときは私法関係であると解すべきところ、被控訴人の行なう本来的業務である公衆電気通信業務(公衆電気通信役務を提供する業務)については差別的取扱が禁止されてはいるが(公衆電気通信法三条)、電話帳への広告掲載は公衆電気通信業務に属しないことが明らかであり、また他にそれについて特別の定めもないから、その法律関係には契約自由の原則が支配し、被控訴人が本件広告の申込を承諾すべき法律上の義務はなく、それを拒絶したことは違法ではないというべきである。
三 もっとも、電話帳への広告掲載は、右に述べたとおり公衆電気通信業務そのものではないが、それと関連を有する被控訴人の業務であるから、被控訴人が全く恣意的な理由でその申込を拒絶するときは、権利の濫用として違法性を帯びる余地がないとはいえないので検討するに、《証拠省略》によると、控訴人は、妻の素行に疑問を抱いていた某夫から依頼を受け、昭和五二年九月京都市西京区所在の同女方の電話器の保安器に秘かに盗聴器を取り付け、同女と第三者の通話内容をラジオカセットコーダーにより盗聴録音し、さらに役員間に紛争が生じている某会社の一方の当事者である役員から依頼を受け、同年一二月から昭和五三年三月までの間に多数回にわたって、京都市北区所在の相手方である役員の自宅の電話器に前同様の装置を施して同人と第三者との間の通話の内容を盗聴録音したため、同年四月頃警察に検挙され、後に京都地裁で有罪判決を受けたこと、そこで被控訴人は、被控訴人内部の事務処理基準にも照らし、控訴人の本件広告の申込を承諾することは相当ではないと判断してそれを拒絶したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、控訴人の右犯罪は、控訴人が電話帳への広告掲載の対象としている控訴人の職業である探偵業に関連しているばかりではなく、被控訴人の業務である公衆電気通信に関して通信の秘密を侵したものであるから、被控訴人としては、本件広告掲載の許否に際し、これを看過し得ないことは当然であって、被控訴人が本件広告の申込を拒絶したことは到底権利の濫用ということができない。
四 控訴人は、被控訴人の従業員によって電話による嫌がらせや脅迫を受けた旨主張し、原審における控訴本人はそれに副うかのような供述をするが、右供述はあいまいであって容易に信用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
五 そうすると、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 仲西二郎 裁判官 長谷喜仁 下村浩藏)